日本におけるグリーン、ソーシャル、サステナビリティ債の動向とSDGs達成への道筋

サステナビリティ関連課題の解決の一手段としてSDGs債に対する期待が高まっている

  • 日本でSDGs債への関心が高まったのは比較的最近だが、今後は本格的な広がりが見込まれる
  • SDGs債市場の健全な発展のためには、インパクトの可視化と同時にリターンの確保もできる金融商品であることを示すことが重要

本コンテンツ記事は、Reuters Plusとのコラボレーション企画です。

世界が持続可能な社会の実現に向けて大きく舵を切る中、金融が担う役割に注目が集まっている。日本で、グリーン、ソーシャル、サステナビリティ債(以降、SDGs債)への関心が高まったのは比較的最近だが、今後は本格的な広がりが見込まれている。

特徴的なのは、日本では、持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けて債券が大きな役割を果たすとの期待もあり、グリーンボンドを主流に発展してきたグローバル市場に比べて、グリーンのみならず、社会的課題の解決に向けたソーシャルボンドの存在感もあるという点だ。

ただし、今後のSDGs債市場の健全な発展のためには、インパクト評価やレポーティングの標準化、リターン分析のためのデータ蓄積などが必要となるだろう。

普及に向けた歩み

日本の発行体によるグリーンボンド第一号は、日本政策投資銀行が2014年10月に発行したユーロ債である。

2017年3月には環境省が「グリーンボンドガイドライン」を策定。2018年度にはグリーンボンド発行促進体制支援事業(補助事業)が始まり、発行体が起債する際の外部評価の取得コストの補助によって、グリーンボンドの発行が後押しされるようになった。

野村サステナビリティ研究センター長の江夏あかねによると、2018年頃から多くの国内事業会社がグリーンボンドを発行し始めた。投資家の旺盛な投資意欲も手伝って、繰り返し発行する発行体もみられているという。

世界では、SDGs債の発行残高のうち約7割がグリーンボンドで占められる(2020年末時点)が、日本ではソーシャルボンドの割合が比較的高い傾向にある。これは主に、独立行政法人国際協力機構(JICA)をはじめとする政府系機関が継続発行してきたことに起因する、と江夏は指摘する。

また、昨今のコロナ禍を起点に、新型コロナウイルス感染症への対応を資金使途とするソーシャルボンドの発行が国内外で目立つのも特徴だ。ソーシャルボンドの発祥は、2006年11月に予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)が発行したワクチン債にさかのぼる。

日本におけるSDGs債への投資状況について振り返ると、国内最大の投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年に責任投資原則(PRI)に署名。2017年には投資原則が改定され、株式のみならず債券等すべてのアセットクラスでESG要素を考慮した投資を進めることになった。GPIFは2019年4月、運用受託機関に対して国際機関等によるSDGs債への投資機会の提供を開始しており、こうしたGPIFによる近年の動きもSDGs債市場発展の一助になっている、と江夏は見ている。

また、産業界の動きとして日本経済団体連合会は会員企業に対し、企業行動憲章等を通じて、SDGs達成に向けた行動を促している。

これらの動きも背景に、起債自体は徐々に増えているものの、世界における日本の存在感は現時点で大きいとは言えない状況である。世界のSDGs債(発行残高1.7兆ドル超)に占める日本の発行体の割合は約4%に過ぎない。これは、韓国に近い割合で、フランスの約15%、米国の約7%から遠い状況となっている。

定義の明確化をめぐる動向

国際資本市場協会(ICMA)によるグリーンボンド原則、ソーシャルボンド原則、およびサステナビリティ・ボンド・ガイドラインは、2021年6月に改定され、SDGs債の発行で準拠すべき原則、かつ、最も広く認知されているものの、いずれも任意のものとなっている。環境省をはじめとした日本の関係省庁もICMAガイドライに沿うことを基本スタンスにしている。

欧州連合のグリーンボンド基準(EUGBS)を創設するための規則案が、2021年7月に欧州委員会で採択された。規則案は、要件基準や定義づけのさらなる厳格化を目指す内容だったものの、義務化されず、任意のものとされた。

江夏は、「多くの市場関係者がグリーンウォッシュとなり得る銘柄への投資を問題視している」と指摘する。「その一方で、発行のルールや条件の複雑化、厳格化が過度になると、起債が冷え込む要因になってしまう懸念もあり、バランスが必要だろう」と語る。

さらに、持続可能なビジネスモデルへの移行を資金使途とするトランジション・ボンドが、グリーンボンドをはじめとしたSDGs債に含まれないとみる金融市場参加者も多く、これらの債券の位置づけをめぐる議論が今後も続くだろうとの見方を示した。

このような状況のもと、日本郵船は今年7月、日本初のトランジション・ボンドの発行に踏み切った。同社は、調達した資金200億円(約1.83億ドル)を、温室効果ガス排出削減に向けた戦略の一環として、洋上風力発電支援船、アンモニア燃料船、水素燃料電池搭載船、LNG燃料船などに充当するとしている。

SDGs債とサステナビリティ関連課題の関係性

こうしたなか、日本では、サステナビリティ関連課題の解決の一手段としてのSDGs債に対する期待が高まっている。日本は、エネルギーミックス、自然災害、経済格差と貧困、人口減少・少子高齢化、地域経済の停滞などのサステナビリティ関連課題を抱えている。

江夏は、「なかでもエネルギーは喫緊の課題」と指摘する。日本はエネルギー自給率が元々低く、化石燃料の多くを輸入に頼っている。東日本大震災に伴う原子力発電所の稼働停止の影響もあり、電源構成における火力発電への依存度が引き続き高い状況。政府の掲げる2050年までに温室効果ガス実質ゼロという目標を確実に達成するには、エネルギー部門への大規模投資が不可欠になるためだ。

経済格差の是正も、SDGs債が有効活用され得る分野でもある。

江夏は、「貧困や不平等といった問題は公的セクターが対処すべきとの見方が多い一方で、すべての社会課題を解決するための財源にも限界があるのも現実だ」と語る。これらは現実の問題ではあるものの、一部ではまだ、見過ごされている面もあるという。

そのうえで、あらゆるSDGs債において、社会課題の解決という効果(インパクト)を可視化すると同時に、リターンも確保できる金融商品であることを示すことが重要、と指摘する。そのうえで江夏は、発行体による開示努力、金融機関や有識者による、SDGs債のデータ、パフォーマンス分析などの蓄積が求められるだろうと述べた。

超低金利下におかれ、リターンの向上が難しい日本ではまた、インパクト評価の精度向上が、投資家のSDGs債の投資意欲を後押しする可能性もある、とも指摘する。

すべてのステークホルダーの課題

最終的には、「金融市場関係者はもとより、政府や企業、国民といった全てのステークホルダーがサステナビリティを自分事として捉え、課題解決に向けて一丸となって取り組むことが重要」と江夏は話す。SDGsには17の目標に紐づく169のターゲットがあるが、「政府や地方公共団体など公的機関だけではすべてを担うことは困難です」と締めくくった。

著者

    江夏 あかね

    江夏 あかね

    野村資本市場研究所 野村サステナビリティ研究センター長