Paul Polman氏対談: ESG経営、企業にとって正しい戦略

“企業の社会的責任”から“責任ある社会的企業”へのシフト

  • 気候変動と格差は、われわれが今日直面する最重要課題
  • コロナ危機が企業・政府による気候変動対策の推進を加速させている
  • 企業は、より良い社会を構築するため、“ネット・ポジティブ・インパクト”の実現に向けて始動すべき

ビジネスリーダーの力を結集することによりSDGs達成の加速を目指すIMAGINEの共同設立者 兼 会長 Paul Polman氏は、今年6月に開催された野村インベストメント・フォーラム・アジア2021において対談を行いました。同氏は、今やESGの視点からビジネスを行うことは不可欠であるだけでなく、企業が取るべき正しい戦略です、と強調しました。

2018年末まで約10年にわたりUnileverのCEOだった経験を持つ立場として同氏は、深刻化する気候変動と格差という、2つの問題について言及し、そのうえで、気候変動対策へのより強いコミットメントとESG投資の重要性を訴えました。

気候変動

Polman氏は、気候変動と格差が、世界が直面する最も深刻な問題ととらえています。

まず始めに気候変動は、人類と地球環境に大きな脅威をもたらしており、その影響を低減するため、企業にさらなるアクションを求める声が高まっています。人類が消費する資源の量が、地球が1年間に再生できる資源の量を上回る「アース・オーバーシュート・デイ」──。Polman氏は、昨年8月22日に「アース・オーバーシュート・デイ」がすでに到来してしまったのを引き合いに出して、今を生きるわれわれが「次世代に負担を先送りしている」と批判しました。過剰消費や熱帯雨林の伐採、動物の個体数の大幅な減少に歯止めがかからない現状を見ても、地球の限りある資源で、無限に成長を目指すのは「明らかに無理がある」というのです。

次に、格差と貧困の問題も深刻です。新型コロナウィルスは、世界で拡大しつつあった経済格差のリスクと脆弱性をあらためて浮き彫りし、結果として「政府・企業による救済を求める声が高まっているのは当然の流れだ」(Polman氏)と言います。

ただ、前向きな兆候も少なからず見られます。例えば2020年は、気候変動への取り組みで重要なターニングポイントとなりました。CO2削減目標の強化、会社をよくするための従業員アクティビズム、すなわち、物言う社員が雇用主にもたらす変化、気候変動対策を支持する有権者の増加や、サステナビリティを選別基準とした消費行動の増加に至るまで、新型コロナウィルスをきっかけに地球温暖化対策をめぐる動向が勢いづいた感があります。

コロナを機に、脱炭素に向けた動きも加速しています。米バイデン政権による環境政策のてこ入れや欧州グリーン・ディールなど、世界各国の65〜70%はネットゼロ・エミッション達成に向けた目標を掲げました。日本も2030年までのCO2削減目標を2013年度比46%減とする新目標を発表し、2050年までのネットゼロ実現を目指しています。

サステナブルファイナンス、転換期に

気候変動危機への対応に不可欠なのが、サステナブルファイナンスです。世界の投資家の88%は、ポートフォリオが抱える最大の懸念材料として気候変動リスクを挙げます。巨額のマネーが流入し、投資判断の要素としてESG対応の重要性は高まり、勢いづくESG投資はポートフォリオの脱炭素化トレンドを象徴しています。Polman氏によると、ESG投資の81%がベンチマークを上回るパフォーマンスを示しており、これを超える投資手法はごくわずかといいます。

同氏はまた、活発化する株主アクティビズムも、企業や経営者がESGを軸とした経営を後押ししているとも指摘します。特にESGの“S”(社会)の領域に重点を置き、人種やジェンダーに限らず、人権、社会保障、雇用確保など様々な観点から課題解決を目指す経営が目立ってきました。「ESGの社会的側面へ熱心に取り組む企業には価値向上というメリットがあり、企業に投融資を行う金融業界では特に高く評価されるのです」(同氏)。一方で、バリューチェーン内すべてのステークホルダーに対する社会的責任を果たさない企業への風当たりは強まっています。

SDGsとパンデミックの影響

新型コロナウィルスがもたらした影響は前向きな側面ばかりではなく、SDGs達成に向けた歩みは、コロナで約15〜20年後退してしまったのも事実です。ただ、Polman氏は、コロナからの回復と、これから2030年に向けて達成すべきSDGsの目標の方向性は同じで、経済効果にして12兆ドル、年間およそ3.8億人分の雇用創出が期待できると試算しています。

その実現に向けてPolman氏が挙げる課題は以下の4つです。

  • 新型コロナウィルスの克服と医療体制の強化
  • 成長回復と将来性の高い雇用創出
  • 格差解消に向けた取り組みと社会的結束(social cohesion)の醸成
  • 気候変動や環境悪化といった自然の脅威への対策

また、次の3つの理由から、これらの課題は十分に克服できるといいます。

  • 新たなテクノロジーによるソリューションの普及を後押し
  • 課題を放置することで発生するコストは、行動を起こすことでかかるコストをすでに上回る
  • 企業評価のグローバル・スタンダード化により、サステナブルな企業に対する数兆ドル規模の新規投資が加速

“ネット・ポジティブ・インパクト”の実現に向けて

企業が"ネット・ポジティブ・インパクト"を加速すべきと考えるPolman氏は、Andrew Winston氏との共著『Net Positive: How Courageous Companies Thrive by Giving More Than They Take』(今年10月出版予定)でもこの点を強調しています。

”ネット・ポジティブ・インパクト”とは、企業が自社のためだけでなく、バリューチェーン全体への影響(カーボン・フットプリント)に責任を負うという考え方です。企業は、より良い社会構築に資する存在であることを示めさねばなりません。これは、事業の成果に加え、社会・環境面での価値創出が企業に求められていることを意味する、いわば企業評価の再定義ともいえます。企業は “企業市民としての社会的責任”(CSR)という従来の枠組みを超え、“責任ある社会的企業”へとシフトする必要があるのです。

「バリューチェーンをアウトソースすることで、付帯する社会的責任をもアウトソースしようとする企業があまりに多いが、もうその考えは通用しない」(Polman氏)ということです。“ネット・ポジティブ・インパクト”を実現するため、企業はバリューチェーン上の全ての人々への価値創出を目指すべきであり、全てのステークホルダーへのリターン最適化を図れば、自ずと株主へのリターンも最大化されるということです。

Polman氏はまた、ビジネスモデルの中心に社会的存在意義(パーパス)を据えるべきとも強調しています。パーパスの実践が株主へのリターンにつながることになり、つまりは、「目先の目標設定や優先課題の特定」だけでは不十分であるということを示しているのです。

“ネット・ポジティブ”な企業とは、気候変動の脅威や生物多様性の脆弱化といった社会的課題の解決に向けて、抜本的な変革を厭わない組織といえます。こうした企業は、事業リスクの低減を目的とした「守りのESG経営」に終始するばかりではなく、真に選ばれる企業として事業機会を増大させる「攻めのESG経営」を実践しています。

投資家の評価は、社会課題解決型事業への資本投下を行う企業に対して高まっていきます。Polman氏は最後に、「人類が直面する最も深刻な課題に、求められるスピード・規模で対応できるかどうか、最終的なカギを握るのは、金融マーケットと資本配分の最適化です」と話し、対談を締めくくりました。