2021年11月30日に開催された「野村インベストメントフォーラム2021」から、日本経済と為替・株式市場のマクロ展望について
このプレゼンテーションでは、野村證券・経済調査部長 チーフエコノミスト 美和卓のほか、市場戦略リサーチ部からチーフ為替ストラテジスト 後藤祐二朗、チーフ・エクイティ・ストラテジスト 池田雄之輔が登壇した。本稿ではその主な論点について振り返る。
チーフエコノミストの美和は、国内の経済環境について、「経済活動再開の本格化、供給制約の緩和やワクチン接種の進捗などを背景に、2022年に向けて日本の経済成長は加速していくだろう」との展望を述べた。
新型コロナ感染症収束への道程が見渡せるようになりつつある一方で、2021年は「大きいなハードルにも直面した」と今年を振り返った同氏は、感染症拡大の第5波がピーク化していた昨夏に生じた供給制約が日本国内の輸送・機械、工場などを中心として生産活動の停滞につながり、世界経済が回復基調にありながら、生産にボトルネックが生じてこの時期の需要を取り逃がしてしまったと指摘する。内閣府が11月15日に発表した2021年7-9月期の実質GDP(国内総生産)成長率(季節調整済み、1次速報値)は、前期比年率3.0%減となっている。
しかし、「こうした要因は解消されてきている」と続け、特にワクチン接種率の向上を追い風に国内経済活動再開はようやく本格化してきていると述べた。国内の接種率は、スタート時点で米・英といったワクチン接種先行国に遅れを取ったものの、現在では人口の8割近くが接種完了している(首相官邸HP公表データに基づく[1])。
続いて今後の注視すべきポイントとして、国内労働市場における矛盾を指摘した。総務省が11月30日付で発表した10月の完全失業率(季節調整値)は2.7%と低水準を保っているが、感染症禍による大幅な雇用調整が回避された分、生産年齢人口の減少や賃金上昇率の停滞等の課題解消に向けた構造改革が進まないという矛盾が長引く結果につながりかねないと述べた。
また、国内雇用の流動性を促すためにも構造改革が急務との見解を示し、今後の成長が見込まれる産業へと労働市場を調整していくことが、国内経済全体の競争力維持には不可欠だと強調した。
さらに、期待インフレの低迷、賃金低迷、家計需要の脆弱性等を背景とする国内インフレ・モメンタムの弱さは継続する可能性が高いと続けた。
国外に目を向けると、感染症収束に向かうグローバル経済は、供給制約に起因したインフレ加速が目立ち、スタグフレーションへの懸念が台頭している。
しかし、美和は「このスタグフレーションが現実化するというシナリオは持っていない」と述べ、その理由として現在のインフレ加速はコロナ禍のステイホームによる耐久消費財需要の高まりによって生じた供給制約を起因としている点を挙げた。「感染症が収束に向かえば、こうした特需は徐々に剥落していく一方で供給制約は解消に向かい、財からサービスへと需要の軸がスイッチしながら経済水準を引き上げていくだろう」と締めくくった。
2021年の為替市場では予想以上の円安ドル高が進んだが、この円安トレンドの持続性は高いとチーフ為替ストラテジストの後藤は見通している。「円安ドル高の原動力は予想以上に強い米国のインフレとそれを受けたFBRのタカ派化、米日金利差拡大にあり、来年もこの構図に大きな変化はない」と理由を述べた。
一部では『悪い円安』論も出ており、行き過ぎた円安への懸念が台頭しているが、「今回の円安は、海外及び日本のファンダメンタルズの変化に裏打ちされた『自然な円安』であり、持続性が高いと見るのが適切であろう」とした。
来年に向けて、野村では一段の円安ドル高が進むと見ている。当面は円高リスクの低い状況が予想され、「輸出関連など中心に、日本株にも追い風が吹きやすい環境」にもつながるだろうと後藤氏は述べた。
他方、来年後半にかけては円高リスクに警戒が必要となり、一時的な円安ペース減速の可能性があり得ると同氏は見ている。注目すべきポイントとして、米利上げ開始後には円高ドル安となる相場傾向、コロナショック緩和に伴う円需要の変化を挙げた。また、米大統領中間選挙前後の政治リスクの影響や、黒田日銀総裁の後任人事に関連して日銀のハト派色後退への懸念が強まる可能性など、政治的なイベントリスクにも警戒が必要と語った。
続いて、チーフ・エクイティ・ストラテジストの池田雄之輔が今年を振り返り、「欧米株と比べて日本株パフォーマンスは見劣りする状況が続いたが、今後はキャッチアップのプロセスに入ると考えている」と述べた。
欧州株と日本株はいずれも景気敏感という共通の特徴を持っており、どちらも2020年夏場から2021年春先にかけてバリエーションPER17~18倍で推移したが、2021年春以降は解離が生じ始め、日本株の割安感が強まっていく状況が続いている。これには三つの要因がある、と池田は述べ、今夏のオリンピック開催前後のコロナ感染状況の悪化、資源価格上昇による日本株へのマイナス影響への懸念、そして中国景気動向への不安感が日本株パフォーマンスの低迷につながったとの見方を示した。
「しかしながら、現実はそうなってはいない」と同氏は続け、日本企業の業績がアナリスト予想を上回って堅調を維持していることを強調。また、日本の製造業の稼働率は海外諸国・地域比で低い水準にあったが、来年1-3月期にかけて好転していくと予想しており、日本株キャッチアップの大きな要素になると見ている。
資源価格の上昇は日本株にとってマイナス材料であるとの見方についても、「やや一面的な理解」だと論じた。野村が作成した主要企業の営業増益率の要因分解データに基づいて、原材料高による利益押し下げ作用は認めるものの、その影響を増収のプラス効果が打ち消していると分析。資源高にあっても増収増益基調が維持できているとしたうえで、この業績拡大をベースに2022年前半の日経平均株価は堅調に推移することを見込むと締めくくった。
野村證券 シニアエコノミスト
チーフ為替ストラテジスト
チーフ・エクイティ・ストラテジスト