日本が経常赤字国に転落する日: コロナ禍、脱炭素化、デジタル化は日本の対外収支構造を変化させるか?
本稿では、新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染症禍や、脱炭素化、デジタル化などの経済政策を起点とする経済構造の変化とその可能性を、日本の対外収支構造に変化が及ぶか、という観点から論じる。対外収支構造に焦点を当てる主な動機は、コロナ禍によって著増した財政赤字や公的債務の存在にある。経常収支赤字が常態化した場合、国内民間主体の純貯蓄で公的債務の需要がカバーされることで回避されてきた、政府債務危機が現実化する可能性がありうる。
中長期的な日本の経常収支の変動要因として、家計、企業の貯蓄投資バランスに影響を与え得る以下の論点を検証する。結論としては、以下いずれの点も、中長期的に経常収支を赤字化させる決定打とはなり得ないと野村では判断する。
コロナ禍からの労働参加率の回復余地(純貯蓄増加要因)、在宅勤務の常態化に呼応した住宅需要(同減少要因)、岸田政権の再分配政策(同減少要因)を検討する。差し引きして、家計の純貯蓄はプラス圏で維持される公算が大きいと判断される。
コロナ禍で相対的な日本の出遅れが露呈した「デジタル化」を促進する取り組みははじまっている。しかし、主として人材面でのボトルネックを背景に、デジタル化関連投資が十分に拡大し、企業の純貯蓄に顕著な影響を与える段階にはないと判断される。
気候変動対策関連の投資需要増大と、脱化石燃料に伴う輸入へのインパクトを指標に日本の対外収支動向をシミュレートする。短期的には投資増加による収支悪化効果が大きくなるが、中長期的には化石燃料輸入減による収支改善効果が凌駕する形となる。
累増した日本の公的債務の持続性維持にとって重要な経常収支が中長期的に赤字化する可能性は、今回野村が取り上げる種々の論点からみて低い。ただし、リスクシナリオとして、脱炭素化加速と連動し本邦企業の競争力や海外現地法人の収益力が低下することで一時的に経常収支が赤字化するシナリオは提示している。また、民間の純貯蓄が相応の規模で維持され続けても、公的債務の持続性に問題が生じる経路はあり得る。民間金融資産が円貨建てから外貨建てに顕著な規模感でシフトする可能性である。昨今、「安すぎる円」「安すぎる日本」といった議論において問題提起されている、内外価格差の拡大や円安の行き過ぎは、その契機となりうると考える。
『日本経済中期見通し2022』 2021/12/1 より
野村證券 シニアエコノミスト
野村證券 シニアエコノミスト
野村證券 シニアエコノミスト
野村證券 エコノミスト
野村證券 エコノミスト
野村證券 エコノミスト
野村證券 シニアエコノミスト