「痛みを伴わないとすれば(政策は)機能していない」:「高インフレは終わらせなければならない。それを終わらせることが痛みを伴わないはずはない。政策が痛みを伴わないとすれば、厳しい真実として、機能していないということになる」 (英国のメージャー財務相(当時、1989年10月))
一部の中央銀行は、言葉の上では金融政策の経済や物価への影響がどれほどのタイムラグ(時間差)を経て現れるか理解しているかのようだが、実際の行動はそうではない。我々のみるところ、経済データと過去の経験は、政策のタイムラグが様々な推定レンジの最も長い方に向かっていることを示唆しており、現在の利上げ局面の効果が最大化するのは、少なくとも利上げ開始から2年後となる可能性が高い。
金融政策に誘発された景気後退入りの可能性を切り捨てるのは早過ぎたかもしれない。予想が間違っていたり、金融政策の効果がなくなったりした訳ではなく、単に景気後退入りするタイミングがずれていただけかもしれない。
過去75年間で、米国、英国、ユーロ圏で現在、進められているような積極的な利上げが、景気後退を引き起こさなかった例はほとんどない。おそらく、外生的なショックがなく、金融引き締めの影響を観察しやすい最も良い例(1980年後半)では、主要なマクロ経済変数のほとんどに明確な転換点が現れるまでに2年以上かかった。
また、今回は、欧州でタイムラグがより長くなると考える理由もいくつかあり、(i)住宅ローン固定期間の長期化、(ii)経済におけるサービス部門の拡大、(iii)資金調達における債券発行の利用拡大、(iv)超過貯蓄、などが挙げられる。
米国では、政策のタイムラグが長期化する明確な理由はあまりない。むしろ、金融政策は既に強力な効果を発揮しているが、一時的な景気押し上げ要因によってその効果が見えにくくなっている可能性が高い。そうした要因としては、例えば、AIブームやCHIPS法/インフレ抑制法(IRA)が生産の国内回帰を支援する動きがIT業界の追い風になっている点や、自動車メーカーや住宅メーカーが購入支援策(金利負担軽減など)を打ち出し、住宅や新車の需要を支えている点が挙げられる。
仮に中央銀行がこのタイムラグを過小評価している場合、24年から25年にかけて政策金利の急反転が必要になるという非常に深刻なリスクがあろう。その場合、政策を反転させ利下げを行っても、それだけでは経済が十分迅速に回復せず、望み通りの景気浮揚効果をもたらさないかもしれない。ただ、一部の中央銀行は景気後退が予想される中でも積極的な利上げの意向を示しており、利下げ幅は過去の利下げ局面よりも小幅になろう。
『欧州/米国:金融政策のタイムラグ』 2023/8/4より
European Economist
欧州 チーフエコノミスト
Vice President, European Economist
米国 エコノミスト
Senior US Economist