「現実的対応=後ろ向き」批判を回避できるか:ウォッシング懸念を抑えるための情報開示がより重要に
本稿執筆時点では、米国の中間選挙は最終結果が確定しておらず、COP27は議論が続いており、G20は開催前である。結果待ちであるとはいえ、全体的に気候変動対応への勢いが再加速するような結果にはならないであろう。中長期的な脱炭素(脱ロシア依存)の必要性は変わらず、2050年カーボンニュートラルの目標は維持されるとしても、各国ともエネルギー安全保障の意識を強めている中では短期的な利害対立が表面化しやすい。特に、地球温暖化とその悪影響に関して先進国と新興国の間の対立は根深く、環境悪化によって新興国が受けた損害への補償、新興国の脱炭素への資金援助といった問題は、新たな「南北問題」となってきており、この点で折り合いが付けられるかが注目される。
脱炭素対応を継続する必要性から、結束を維持しようという動きも見られている。先月号でも指摘したGFANZ (Glasgow Financial Alliance for Net Zero)の結束の乱れは、加盟金融機関が国連の「Race to Zero」の要請を守る必要がないとGFANZが表明したことにより収拾が図られている。化石燃料関連案件への新規融資の即時停止は避けられ、金融面の対応が四分五裂するリスクは一旦低下したといえよう。また、脱炭素に資する案件にのみファイナンスを行う「グリーン」から、段階的にGHG排出を減少させる「トランジション」への関心が高まり始めていることも現実的な対応として評価できる。
しかし、トランジション・ファイナンスでは調達資金の使途を必ずしも限定する必要がないことなどから「グリーン・ウォッシング」であるという批判や、相対的に脱炭素に直接貢献するファイナンスが減少して、気候変動の緩和という意味合いが薄れるという批判につながりかねない。脱炭素推進の立場からは、こうした対応は「後ろ向き」とされる可能性がある。そうした批判を回避するためには、トランジションの過程を可能な限り科学的知見に基づく形でシナリオ分析し、それに依拠した形で経営戦略を策定、必要に応じて投資家によるエンゲージメントも踏まえてアップデートし、GHG削減実績も含めて整合性のある着実な情報開示を行っていくことが必要となろう。そうした観点からは、2023年度以降、プライム市場上場企業に対してTCFD準拠の情報開示が求められることは「後ろ向き」批判回避につながりうるものといえる。
『野村ESGマンスリー(2022年11月)』 2022/11/10 より
野村證券 ESGチーム・ヘッド
野村證券 シニア・エクイティ・ストラテジスト
野村證券 シニアエコノミスト