野村ESGマンスリー(2022年9月)

「ESGヘイト」とエネルギー危機と政権批判:燃料コスト急上昇で脱炭素努力の加速が期待されるが、先進国と新興国の対立の火種にも注意

  • 米国で中間選挙も見据えた「ESGヘイト」の動きが強まる
  • 「炭素価格上昇」は脱炭素加速要因だが、11月に向け国際的な火種にも
  • 気候変動関連情報開示の対応が遅れているとみられる日本企業
  • 男女の賃金格差開示は大企業でもごく少数

米国で中間選挙も見据えた「ESGヘイト」の動きが強まる

米国では共和党地盤の州を中心に「ESGヘイト」の動きが強まっている。フロリダ州のデサンティス知事が州の公的年金投資においてESG要素を考慮しないことを指示し、テキサス州はエネルギー産業に敵対的とされる欧米運用会社10社を名指しして州政府とのビジネスを禁じる決定をした。年金運用が金銭的利益以外の要素を考慮するべきか否か、というERISA(従業員退職所得保証法)の解釈を巡る論争は政権交代のたびに米国で起きている。足元では、そうした動きが共和党の伝統的な化石エネルギー産業へのスタンスやエネルギー価格高騰によるインフレ懸念を通じたバイデン政権の失政を指弾する思惑と相まって、「ESGヘイト」として増幅されていると整理できよう。​​​

「炭素価格上昇」は脱炭素加速要因だが、11月に向け国際的な火種にも

一方、この数か月の北半球での異常気象もあり、価格と量の両面でエネルギーへの危機感が強まっている。この状況は、ロシア要因という地政学リスクを反映している以上、中長期的には「脱ロシア」が必須となろう。その観点では、ロシア要因による半ば強制的な「炭素価格の上昇」が欧州など先進国を中心に脱炭素の動きを加速させる方向に働くとみられる。日本でも岸田内閣が原発新設の議論を提起したことは脱炭素に向けてポジティブな動きと言える。気候変動への危機感を共有する新興国もそうした動きに追随することが期待されるが、資金面や技術面で先進国からのサポートを必要とする国も多く、今後11月のCOP27やG20に向けて国際的な議論が高まる可能性があり、要注目である。

気候変動関連情報開示の対応が遅れているとみられる日本企業

日本企業も、気候変動対応やそれに伴う情報開示充実が求められている。ところが東証が発表した、7月時点のコーポレート・ガバナンスコードへの対応状況をみると、「プライム市場上場会社は、TCFD又は同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき(補充原則3-1(3))」へのコンプライ率は62.55%と全項目中最低で、昨年末比-4.16ポイントと、対応が後退した形である。他の形式的な要件へのコンプライ率の多くが90%以上と高いことに比べて、気候変動に対する実質的な経営戦略立案が遅れているともみられかねない。ちなみに、コンプライ率が2番目に低かったのは女性登用など人材の多様性の確保を求める補充原則2-4(1)(72.95%)だった。

男女の賃金格差開示は大企業でもごく少数

岸田内閣が進めようとしている「新しい資本主義」との関連で、「人的資本」の情報開示が進むことになる。特に、男女の賃金格差は開示が義務化され、いわゆるジェンダーギャップの指標として注目されてくるだろう。一方、8月時点ではTOPIX100企業のうち、男女別賃金ないし賃金格差を開示している企業は15社のみだった。開示の状況をみると、格差が年齢構成や職位の違いなどによるものと注記して、数値が独り歩きすることを懸念するような配慮が見られる企業が見受けられる。賃金体系が「同一労働同一賃金」であったとしても男女の賃金格差がある、ということは勤続年数や職位職階といった要素が格差の要因である、ということになる。格差平均値の縮小のためには、女性が働き続けることが可能で、上位の職位職階に昇進することのできる職場環境が欠かせない。

『野村ESGマンスリー(2022年9月)』 2022/9/8 より

著者

    若生 寿一

    若生 寿一

    野村證券 ESGチーム・ヘッド

    元村 正樹

    元村 正樹

    野村證券 シニア・エクイティ・ストラテジスト

    岡崎 康平

    岡崎 康平

    野村證券 シニアエコノミスト