政治に翻弄され続ける脱炭素政策の環境:企業の着実な取り組み、企業間の協力の動きに注目
6月30日に、このところ保守的な判決の目立つ連邦最高裁が、「環境保護局が火力から再エネなどへの発電方式変更を促す権限を、議会は与えてはいない」との判断を示した。議会でもバイデン政権の脱炭素へ向けた法案審議が暗礁に乗り上げ、加えて3月に米SECが提示した気候関連の情報開示方針に対しては、企業側から修正要求が出ているのに加え、共和党議員からも撤回を求める意見が示されている。11月の中間選挙に向けて政治的な思惑も加わって脱炭素政策の進展には逆風が強まっている。こうした状況は、先進国主導で進めてきた脱炭素の動きに新興国が距離を置く、新たな「南北問題」の火種ともなりうるためマクロ面での懸念材料といえる。
米国では国レベルの政策加速が期待しにくい状況ではあるが、個々の動きは決して後退しているわけではない。州レベルでみると、共和党の牙城としても知られるテキサス州は化石燃料採掘のためCO2排出量は全米一位だが、再エネ関連企業の投資も拡大しており、太陽光と風力発電量の合計で全米一位である。テキサス以外でも企業は自社の判断として再エネ投資を拡大している。今年の株主総会では環境対応を最優先して持続可能性の配慮に欠けるような株主提案が否決されたが、企業は脱炭素を放棄してはいない。上述のSECの開示方針への修正要求にしても、開示を充実させるためのコスト負担の重さや開示に伴う訴訟リスクなどを懸念する面が強いとみられる。
しかし、足元ではエネルギー安全保障のため一時的に石炭火力への揺り戻しが起きており、景気回復や北半球の猛暑などへの対応も相俟って、今年のCO2排出量は増加する懸念がある。各企業が脱炭素を進めても、取り組み進展の見極めには2023年以降のデータが必要になる可能性があり、評価には時間がかかろう。また、足元の再エネ関連企業の株価動向をみると、風力発電関連部材のコスト上昇や競争激化などによる関連企業の業績見通しへの影響にも目配りが必要な状況でもある。
海外の政治要因に対して、企業の動きとしては、ガス会社のメタネーションに向けた協定、グローバルな医薬品企業による共同でのサプライチェーンのGHG削減支援、電力会社と通信会社、商社が組んだ蓄電池網整備、鉄鋼会社による水素製鉄に向けた情報共有といった様々な形の企業間協力というニュースフローが目立った。いずれも、個社としての対応には限界があるとみられるものであり、こうした動きが軌道に乗ることで、2030年、2050年といった中長期の視点で日本、そして世界の脱炭素の動きが強まる可能性もある。企業レベルでの今後の広がりを継続フォローしていきたい。
『野村ESGマンスリー(2022年7月)』 2022/7/7 より
野村證券 ESGチーム・ヘッド
野村證券 シニア・エクイティ・ストラテジスト
野村證券 シニアエコノミスト