強まるESG対応強化への風圧:機関投資家のコミットメントで増幅されている面も
2021年5月に相次いで開催された欧米オイルメジャー企業の株主総会では、環境対応の強化を求める株主提案に想定以上の賛同が集まった。環境対応を求める株主が候補に推した取締役が選任されるなど、脱炭素化に向けた風圧は強まっている。今後、各企業の環境対応の強化策が示されることになろう。それらを受けて、カーボンニュートラル(CN)に向けた対応の再検討を迫られる日本企業も出てくる可能性がある。
見逃せないのは、投資家の動きを後押ししたのは、投資家自身のCNへのコミットメントだということである。多くのグローバル機関投資家や金融機関が投資先・融資先のCNにエンゲージメントを強める方針を示しており、仮に少数株主の提案でも、反対に回った場合に自らの説明責任が問われる状況になってきている。日本企業の総会でも、株主提案に説得力がある場合は機関投資家からの賛同が増加することは十分あり得よう。
3月末に公表された日本版コーポレートガバナンス・コード(CGC)改訂案は、パブリックコメントなどの手続きを経て、6月11日に発効された。CGC改訂案には様々な論点があるが、中長期的な企業価値の向上を目指すために、ガバナンスの実効性を高め、サステナビリティ課題に取り組むことが求められているものであると整理できる。
ガバナンスに関連しては、形式としてはプライム市場上場会社は独立社外取締役(社外取)を少なくとも3分の1(その他の市場の上場会社においては2名)以上選任することや、中核人材における女性登用など多様性の確保、取締役のスキル・マトリックスの開示を進めることなどが求められている。CGC改訂に向けた議論の過程でこうした対応を進めた企業もあるが、多くの企業が今後対応を迫られる可能性がある。
また、サステナビリティ課題と企業経営のリンクについては、改訂に向けた議論の中で想定されていたよりは前向きな表記がされており、それに対する各企業の対応も求められる。CGC改訂案の中では、「サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである」とされている。また、その後人権尊重をCGCに盛り込む可能性も報道されており、ESGへの取り組みが一段と求められよう。
ESGの要素が、企業経営に対する影響力をますます強めている。昨年来のグリーン政策の採用はもとより、サプライチェーン(供給網)上の人権問題への対応や、株主総会における「ESGアクティビスト(物言う株主)」の台頭など、ESGは実際の企業経営にインパクトを持つようになってきた。グローバル企業の経営におけるESGへの配慮は、更に加速していく可能性が高い。
しかし、ESGの取組みが何の憂いもなく進むかと言えば、そうではないだろう。ESGの進む道のりには、大きく分類して、政治的リスクと経済的リスクが横たわっている。政治的リスクとしては、ESGに関する国際協調の枠組みが上手く機能しない場合や、米国・中国などの大国で取組みが消極化する場合が想定される。これらのリスクが直ちに顕在化する可能性は低いものの、ESGの取組みが政治や政策を基盤として成り立っていることは常に意識する必要があろう。米国中間選挙(22年11月)や習中国国家主席の任期満了(23年3月)といった政治イベントは各国内の政治情勢などとも関連し、ESGの観点からも注目すべき重要イベントなのである。
経済的リスクとしては、ESGと物価の関係に注目したい。再生可能エネルギーの導入加速のように、ESGが物価に及ぼす影響は既に金融市場でも意識されているだろう。カーボンプライシングへの関心の高まりは、野村でも様々な情報提供の機会を通じて実感しているところである。しかし同時に、物価動向それ自体がESGの取組みの成否を規定する可能性もあるのだ。ESGが「良いインフレ」を生み出せるかこそが、ESG定着・加速の重要条件と言っても良いだろう。
野村ESGマンスリー(2021年6月) 2021/6/10 より
野村證券 ESGチーム・ヘッド
野村證券 シニア・エクイティ・ストラテジスト
野村證券 シニアエコノミスト