中国依存脱却の世界経済への示唆
世界の製造業企業の生産活動における中国依存から脱却プロセスは、米中貿易摩擦がエスカレートするかなり前から始まっていた。その一因が、中国の労働コストの上昇である。中国依存からの脱却の動きは、2018年以降の米中貿易摩擦のエスカレートに伴い加速しており、更に新型コロナウイルスの世界的流行を受け、各国や多国籍企業が効率よりも安全性と持続性を重視する中、リスク軽減戦略として中国だけでなく、中国以外からの調達も進めることで、拍車がかかるだろう。ただし、中国には外国からの直接投資を引きつけるメリットがあるため、西側諸国と中国の本格的な分離が差し迫っていると予想する訳ではない。多国籍企業の中国離れが進む過程で勝者と敗者が明確になるなど、世界の他の国々にも重大な影響があろう
世界にまたがるバリューチェーンが急増し、各国が特化した中間財が中国を核とするサプライチェーンに円滑に供給されるようになったことで、企業は効率性を高め、製造コストを引き下げることが可能となった。この状況が変化するかもしれない。サプライチェーンが自国回帰も含めて中国依存を脱却するにつれ、中期的に、サプライチェーンは短縮され、付加価値はより特定の国に集中し、在庫サイクルは長期化し、生産性は低下すると考えられる。更にコストが上昇する可能性もあるため、世界経済は新たな環境への対処を迫られよう。開発途上国へ向けられる直接投資は大幅に減少し、中国とサプライチェーンに関与する他の国々の双方にとって、知識と技術の相互波及余地は狭まるだろう。更に、中国離れがサービス分野にも及ぶ可能性があり、観光や教育(留学)分野の収入において中国への依存度が低下することも考えられる。
しかし中国依存からの脱却を進める過程では個々の国が勝者と敗者に分かれるとみられる。前者は貿易移転で利する国、後者は既存のサプライチェーンに組み込まれている国である。
野村の分析からは新興国の中ではアジア諸国が得る利益が最も多いことが示唆される。インドは市場規模の大きさと成長性が、シンガポールはビジネスのしやすさ、経済的政治的安定、そして経済開放度が強みである。利益を享受するとみられる上位10ヶ国のうちアジア以外の国は、投資環境が良好なポーランドとチェコの2ヶ国である。
中国を終点とするサプライチェーンの一部として中国に中間財を供給する国は、中国依存の脱却プロセスが進む中敗者となる可能性がある。台湾や韓国、マレーシアを含むアジアの国々がリスクにさらされている。アジア各国の中国への部品輸出による産業別の付加価値額を見ると、コンピューター及びエレクトロニクス、繊維、皮革・履物、機械・設備の各産業が上位を占める。
中国依存からの脱却は貿易分野からテクノロジー分野へと広がり、対外政策にも及んでいる。米国は国家安全保障上の脅威として、中国企業からの5G関連通信機器の購入を禁じた。その結果、通信機器のコストは大幅に上昇するが、ノキアやエリクソンといった欧州企業にとっては追い風となりうる。
総合的に見て、中国依存からの脱却のプロセスは緩やかではあるものの、避けられないだろう。それにより、生産性向上やコスト削減など、世界が享受してきた利益の一部が反転する可能性があるが、その過程では勝者と敗者が生まれるとみられる。
アンカーレポート コロナ後の世界 2020/7/21より
インド・AEJチーフエコノミスト
中国 チーフエコノミスト
Southeast Asia Economist
China economist
China economist