気候変動への対応を求める6つの理由を検証
一部には、今回の公衆衛生上の危機を受け各国政府が気候変動の優先度を低下させており、また世界的な協調態勢が弱まっているなか、気候変動対策への機運を再び盛り上げるのは困難だとの意見がある。しかし我々は、今回の危機で世界経済がリセットされることは不幸中の幸いとして作用し、気候変動への対応を求める世界的な声を再び高めるものになると考えている。その理由を以下に6つ挙げる。
第1に、2020年は将来、気候変動を遠い脅威とみなす従来の考え方が打ち砕かれた年として認識されるようになるだろう。というのもCOVID-19は、「自然」の力の前で人類がいかに弱い存在であるかを痛切に思い知らせたからだ。世界的な封鎖措置を通じて得られた連帯感を土台として、気候変動に直ちに取り組むべきとの共通認識が醸成される可能性がある。
第2に、COVID-19危機は世界金融危機と比べてはるかに突然に生じ、世界に深刻なショックを与えた。石油価格は下落したが、化石燃料の生産やサービスに関連する需要、特に輸送需要は、ワクチンが登場するまでは抑え込まれる可能性が高い。それにより、よりクリーンなエネルギーへの移行が加速しているため、石油・ガス生産業界の再編は不可避とみられる。既に大規模エネルギー企業の多くが投資計画を縮小しており、ロイヤル・ダッチ・シェルとBPは石油・ガス業界の見通し悪化を理由に、この2ヶ月の間にそれぞれ220億ドル、175億ドルの減損計上を発表している。一方、グリーン投資は増加の一途をたどっている。
第3に、COVID-19は、医療システムの弱さを露呈し、所得格差を悪化させた。そして、この2つの世界的な問題は気候変動と不可分な関係にあるとの認識が新たに形成されつつある。その一例が森林破壊である。森林破壊は温暖化を招くだけでなく、野生動物を生息地から追い出し、感染症の流行リスクを高めている。近年流行が頻発しているSARS、MERS、エボラ出血熱、鳥インフルエンザといった感染症も野生動物から人間に感染が広がった例である。もう一つの例が、より豊かな国が温室効果ガスの大半を排出している一方で、より貧しい国が生活の多くを農業に依存している点である。こうした低開発国は気候変動による干ばつや洪水の影響を最も強く受け、「気候難民」の増加を招いている。いくつかの試算では、気候難民は2050年には10億人に達する可能性もある。
第4に、世界各国の政府が、戦時にしかないような規模の財政刺激策に着手している今こそ、気候変動への対応の遅れを取り戻す絶好のチャンスである。そのための財政支出として、都市への再生可能エネルギー用スマートグリッドインフラの導入、電気自動車用充電ステーションの拡充、5G化への重点投資を通じたデジタル接続の強化と交通量削減、そして、再生可能エネルギー貯蔵や炭素回収、クリーン水素エネルギーなどの最先端分野への研究開発投資の強化などが必要となろう。
第5に、COVID-19の感染拡大以前から、世界はより環境に配慮した経済に価値を見出しており、気候変動への取り組みに成功するには政治任せにしてはならないとの理解も進んでいた。そして全世界が危機に陥った今こそ、官民一体となって気候変動に取り組むチャンスといえる。投資家、銀行、規制当局など全ての関係者が連携すれば、世界の二酸化炭素排出量削減に向けて、金融システムもより強力な役割を担えるだろう。規制当局は、大規模異常災害が金融システムにもたらしうるリスクを認識し、企業に対して二酸化炭素排出量に関する情報開示の拡充を義務付け、銀行に対しては自己資本比率評価プロセスに気候リスクを含めるよう求めている。ESG投資に対する認識は、社会を良くするためのものから、長期的にリスク調整後で高い投資リターンを生むものへと変化しつつある。金融システムは、市場規律や株主行動を通じて、政府の政策よりも強力に、より環境に優しい社会を推進させられる可能性がある。既にそうした状況も実現しつつある。
投資の観点では、現在はESG(環境・社会・ガバナンス)投資市場にかつてなく強い追い風が吹いている。企業に二酸化炭素排出量の開示改善が義務付けられれば、投資家は投資先企業の環境持続性についてより多くの情報を得た上で投資判断できるようになる。銀行が低排出企業を低リスク企業とみなし、より低利での融資を提供するようになれば、企業も排出量削減の開示を積極的に行うようになるだろう。
第6に、米国が大きく方向転換する可能性がある。トランプ政権は17年に気候変動緩和に関するパリ協定からの米国の完全離脱を発表した。米国の強硬姿勢は、地球温暖化問題での国際協力を強く妨げている。しかし今年11月3日の米国大統領選挙において、バイデン前副大統領が勝利した場合には状況が一変する可能性がある。バイデン氏は選挙公約として「2050年より前に米国で完全なクリーンエネルギー社会を実現し、正味での二酸化炭素排出量ゼロを達成する」ことを掲げているが、これは事実上、EUの掲げる目標と同じであり、氏が勝利した場合に米国がパリ協定に復帰することを意味していよう。米国とEUが気候変動への対応で協調することは流れを一気に変えるものであり、不幸中の幸いといえるだろう。
アンカーレポート コロナ後の世界 2020/7/21より
グローバル マクロ リサーチ ヘッド
野村證券 シニアエコノミスト
AEJ マクロ経済リサーチ アナリスト