2023年日本経済見通し

2023/1/5開催「新春 野村インベストメントセミナー2023」でのプレゼンテーションから

野村證券は2023年1月5日に「新春 野村インベストメントセミナー2023」を開催、プログラムの一環として経済調査部チーフエコノミスト 森田京平が日本経済のマクロ展望をテーマに登壇した。本稿ではその主な論点について振り返る。

地政学的緊張が変えたグローバル政治と経済の風景

2022年に勃発したロシア・ウクライナ紛争は、局地的な地政学的緊張の高まりの域を超えて、世界レベルで政治の調停機能、合意形成機能を弱めることにもなった。G20にみる合意形成の難航はそれを象徴する。これは世界政治の「無医村化」ともいえる現象だ。世界レベルで政治の調停機能が弱化するなか、個々の国のレベルで安全保障の重要性が増すのは自然なことであり、日本の安全保障に関わる予算体制も大きく転換しようとしている。一方、世界貿易はWTO(世界貿易機関)の定めたルールに基づかず、恣意的な裁量で調整される機会も増えた。その結果、経済活動の(1)効率性の低下 (→ 粘着質なインフレに発展する可能性)、(2)予見性の低下(→ 市場ボラティリティにつながる可能性)が警戒される。

国内景気は回復基調

グローバル政治・経済が変容を遂げるなか、日本の景気は回復基調が続くと森田は述べ、主な要因として以下2点を挙げた。

  • インバウンド需要の増加
    インバウンド需要は、コロナ前には年率4.5兆円程度(年間GDP比0.9%)にのぼったが、コロナの下では、同0.5兆円まで蒸発した。しかし、2022年10月、入国者数の上限撤廃など水際対策が緩和されたことで、インバウンド需要は増加に転じつつある。
  • 個人消費
    米国やユーロ圏と比べて、国内経済活動再開のタイミングが遅かった。その結果、コロナ下で半ば強制的に高まった貯蓄率が大きく下がることなく現在に至っている。したがって2023年の家計は、仮に賃金が伸び悩んだとしても、貯蓄を財源としながら消費をすることが可能となろう。


過去1970年代以降において、米国の景気後退期を通じて日本が景気回復を続けたことは一度もない。50年ぶりの可能性があるという意味で、これら要因の推移、ひいては国内景気動向に注目したい。

インフレ環境: 米国やユーロ圏と異なる日本のインフレ

日本のインフレを米国やユーロ圏のインフレと比べると、日本のインフレはスピードが遅く、インフレのすそ野が狭いという相対的な差異が浮上する。

歴史的な円安にもかかわらず、日本の場合、2022年の消費者物価指数(以下、CPI)に基づくインフレ率が前年比3%台と、米国の8~9%台、ユーロ圏の10%台に比べて半分に満たないスローペースで推移している。また、米国やユーロ圏ではインフレ率を押し上げる方向に作用している一方、日本ではそのような顕著な動きが見て取れない項目として「家賃」と「サービス価格」を挙げることができる。これら2項目で、日本のCPIの半分を占める。特にサービス価格の上昇ペースが鈍い点で、日本のインフレは米国やユーロ圏とはファンダメンタルで異なる症状といえる。

野村では、コアCPI(生鮮食品を除く総合)で評価した日本のインフレ率は2023~24年に低下するとみており、「(日銀が目指す)2%インフレの定着はハードルが高いと考えている。」(森田)。このようにみる背景として、(1)資源・食料価格によるインフレ押上効果は前年比でみると、今後は剥落しやすい、(2)2022年に進んだドル高・円安が2023年には反転すると予想され、円安に起因する物価押し上げ効果も減衰が見込まれる、(3)2022年10月に岸田内閣が閣議決定した総合経済対策により、2023年1~9月のCPI前年比変化率がエネルギー価格を中心に平均1.2%ポイントほど抑制される、などを挙げることができる。

金融政策の行方

今後のインフレ政策を展望する上で、見通しを複雑化させたのが、日本銀行によるYCC(長短金利操作)修正のサプライズである。2022年12月20日、日銀は金融緩和の持続性を高めるためとしたうえで、YCCの運用について以下の3つの変更を加えた。

  • 長期政策金利(10年国債利回り)の変動幅を、従来の「+/-0.25%」から「+/-0.5%」に拡大
  • 国債買入れ額を「月間7.3兆円」から「同9兆円」に大幅増
  • 国債の各年限における買入れ増額や指値オペを機動的に実施
日銀は、これら対応によって、YCCの副作用である「市場機能の低下」に働きかけ、それが金融緩和の持続性を高めると説明。日銀の政策運営において、ファンダメンタルズへの対応の他に、副作用への対応が政策を変えるきっかけになりうると、公式に認めたといえよう。今後、日銀総裁・副総裁人事、さらには、政府・中央銀行の共同声明の改定検討に象徴される政府との関係等、金融政策運営と相関するテーマ・要因が続く。

今後のシナリオとして、野村では、日銀の金融政策を以下のように段階的に展望をしている。
  • 長期政策金利(10年国債利回り)変動幅のさらなる拡大は見込まず
  • マイナス金利からの脱却(「利上げ」ではなく、「当座預金の制度変更」との位置づけ)
    金融機関の収益環境の悪化への対応として、日銀当座預金のうち、マイナス金利が適用される残高(政策金利残高)の廃止という形をとると野村では見込む
  • 物価判断の変更で利上げへ(YCCの枠組みは維持)
    10年国債金利の誘導水準、およびマイナス金利の引き上げは2024年初頭以降を見込む

著者

    Kyohei Morita

    Kyohei Morita

    Chief Economist, Japan